資格という名の呪縛 その四

一週間のご無沙汰でした。


いちおう、毎週水曜日更新予定です。
あくまで予定です!^^
どうぞよろしくです。


さて、つづきです。

金欠に追い込まれた私は、さすがに困り果て、渋々、薬剤師として働くことを決意。
近くのドラッグストアの“パートの募集”に連絡したのでした。


履歴書を持って、早速その店の面接。


店長は開口一番、とんでもないことを言う。

「君は調剤の経験があるみたいだね。うちは今後、調剤に力を入れていくからちょうどよかったよ。」


なに?ちょ、調剤?
ちょっとまて、ここは調剤なんてやってなかったはず。


奥の方をチラッと覘く。
すると…


ゲゲッ、いつの間に調剤室が出来ているではないか。
前に覘いたときにはなかったのに…


ガビーン、ガビーン、ガビーン (古くてすみません^^)


店長は今すぐにでも調剤室に入って働いて欲しいといった感じ。
私のお財布の中には数百円しか入っていない。(泣)


「NO!!!!!!」


などとは当然言えず、作り笑顔で、「はい。調剤でも何でもやらせていただきます!」
と答えたのでした。(--)


結局、あれほどやりたくなかった調剤に逆戻り。
勢いよく辞めてから、2年間逃げ回った挙句が、再び調剤。

このときは、「なーにやってんだろ、俺」と本当に落ち込みました。

前回も言いましたが、逃げれば逃げるほど、現実は逃がさないように、見たくない現実を見させるように仕向けてくるんですね。


唯一救いだったのが、日曜日。
日曜日は、調剤業務がなく、売り場の担当だった。

いつもお客として見ていた世界。
それが、今度は物を売る側の世界に変わった。


お店の目的はたった一つ。
それは、売上を上げることだった。


店長を中心に、みんなが力を合わせて、売上を上げていく。

そのときのみんなの頭の中は…


いったい、どうすれば、お客さんがたくさん来てくれるのか?
来たお客さんに喜んでもらうにはどうすればいいか?
どうすれば、お客さんが再び来店してくれるのか?
どんな値段をつければ、たくさん売れるのか?
利益の高い商品を売るためにはどうすればいいか?
どういった、商品が今流行っているのか?
どのような陳列をすれば商品が売れるのか?
どんなPOPを書けば、お客様の目に留まるのか?
(POPとは、値段や、商品を説明する紙のことです。)

エトセトラ、エトセトラ。


その頭の中の質問の答えに応じて、みなそれぞれが自分の担当の仕事をこなしていく。


薬剤師でありながら、こういったことを学んでいった。
売上を上げるために、自分も色々頭を使って考えた。
そして、いつの間にか、考えることが楽しくなってきていた。


決められたことをこなすだけの調剤と違って、考える“自由”があった。
ここでの経験は、本当にためになった。


一年後、正社員として、新たな職場が決まった。
調剤の一切ない、ドラッグストア専門の会社。


そして、私は“いかに売上を上げるか”の世界に身を投じていった。
そこで、私は一人の店長と出会うことになる。

私と同年代。

そして、実はこの店長が、私の歩んできた道を完全否定することになるのであった。

このお話は、また来週。


           写真は、私がパートしていたドラックストア
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# by ietaka-karatsu | 2005-11-02 17:12 | 真実が隠れた!?物語

ちょっと一休み

おばあさんと泥棒


むかーし昔、ある所に、おばあさんが一人で住んでいました。


ある日の夜のこと。
おばあさんの家に泥棒が入りました。

狭い家だったので、泥棒はおばあさんにすぐに見つかってしまいました。


泥棒はおばあさんに包丁を突き出し「やい!お金をだせ!」と脅かしました。

おばあさんはびっくりして、答えました。
「は、はい、すぐに持っていまいります。たしか、タンスの引き出しの奥のほうに、金貨が二枚あったと思いますので…」


しかし、タンスのどこを探しても、金貨は出てきませんでした。


「おかしいなぁ、確かに金貨が二枚あったはずなんやけど…、泥棒さん、見つかったらあんたに差し上げますけん、あんたも一緒に探してくださいな」


こうして、泥棒はおばあさんと一緒に金貨を探し始めました。

ところが、この狭い家をいくらさがしても、なかなか金貨は出てきません。

夜が明け、あたりが明るくなり始めたころ、ようやく金貨二枚がみつかりました。


「よかったなぁ、見つかって。ほれ、もっていきな!」
おばあさんは泥棒に金貨を二枚渡しました。


泥棒は少し戸惑いながらも、金貨を受け取り、走り去っていきました。


泥棒は、朝日が昇る一本道を歩いていきました。
すると、後ろから呼び声が聞こえます。


「お~い、泥棒さ~ん」


なんと、先ほどのおばあさんが走って追いかけてきました。
おばあさんは、息を切らしながら、やっと泥棒に追いついて言いました。


「おし入れの奥の箱の中から、金貨が3枚もでてきよった!ほれ、もっていき!」


泥棒は目に涙を浮かべています。


「どうしたん、お金ほしいんやろ。ほれ、もっていき!」


泥棒は先程の金貨二枚をおばあちゃんの手の平に置いて、泣きながら走り去っていきました。


この日以来、この泥棒さんは、泥棒をやめたのでした。



(タイトル、出典等すべて覚えていません。どこかで読んだ話を多少アレンジして書いてみました。)
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# by ietaka-karatsu | 2005-10-25 23:53 | 真実が隠れた!?物語

資格という名の呪縛 その三

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ごぶさたしました。続きです。

さて、勢いよく会社を辞めた私ですが、この後、本当に大変な思いをするんです。

会社にいた頃は、いっぱいいっぱいで何も考えられなかったんですね。
辞めたことで、たまりに溜まったストレスから、やっと開放されました。

それはいいんですが、ふと冷静に考えると、とんでもないことに気が付いたんです。
それは…


「この先自分の進む道に選択肢がない!」ということです。


どういうことかというと、私はそれまで薬剤師という資格を取る事にすべてを注いできた。
つまり、その頃の私は、薬剤師の資格を使わなければ、右も左もわからない、なーんにも出来ない、ただの人。


ただの一般ピーポー。
いや、ただのプー。


結局、私にはこの先、“薬剤師として生きていく”という選択肢しか、ほぼなくなっていたんです。
こんな基本的なことに、辞めてから気が付いたんですよ、お恥ずかしい話ですが…


さて、どうしたものかと、もう一度良く考えてみたわけです。


基本的に薬剤師の人が進む道は、大きく二つしかありません。

一つは、薬局または病院に勤めて、調剤をする。
もう一つは、OTCと言われる一般の薬屋さんの店員。
いわゆるドラッグストアの店員です。

少し前の時代なら、自分で薬局を開くということも出来たんですが、現在はドラッグストアがそこら中にありますよね。
つまり、この選択肢はほぼゼロ。開業資金もないし…


調剤は二度とやりたくない。
かといってドラッグストアの店員というのも、あんまりやりたくなかったんですね。

いいイメージが湧いてこない。
ティッシュを運んだり、レジ打ちしたりと、スーパーの店員みたいな仕事?
そんなイメージを抱いていました。

ぶっちゃけ、他で働くことが出来なくなった薬剤師が、最後に行きつくような所と思っていたんです。


調剤はやりたくない。ドラッグストアもイヤ。
そうしたら、後は最後の手段。

薬剤師と言う資格をきっぱりとすてて、すべてを一からやり直す、という選択肢。


なんと、私が選択したのは、その最後の手段。バカですよねー。^^


なんと自分のとった道は、医学部を受験して、医者になるという選択肢だった。
親はあきれて物も言えないという感じだった。


一年後、国立医学部を受験するも、当然不合格。


当たり前なんですよ。合格出来るわけないんです。

当時は真剣に勉強したつもりだったし、模試の試験でも合格判定が出ていた。
でも、本当に医者になりたかったのかと言えば、今考えると???である。


つまり、単なる現実逃避だったんです。


薬剤師はイヤ!と目の前の現実から逃げているだけの自分。
それを認めたくない。


しかし、認めたくなくても、現実は容赦しないんですよ。(泣)


そして、その現実が突きつけてきた最初の仕打ち。

それはお金でした。

貯金はすべて使い果たし、収入源はゼロ。

同年代のやつらは、みんなそろそろお金が溜まるころ。

車を買うやつ。
マンションを買うやつ。
家を買うやつもいた。


みんな社会人としてバリバリ働いている。そんな中、自分だけはプー太郎。


その年に誘われた同窓会には出席しなかった。
合わす顔がなかったとかそういう前に、お金がなくて参加できなかったんです。はい。


こんなにみじめなことはなかったです。(--)


そんなこんなで、さすがに“薬剤師がイヤ”なんて言ってられない。
そんなとき、タイミングよく!?近所のドラッグストアが“薬剤師募集”の張り紙をしている。

こうして、渋々、このドラッグストアでパートとして働くことになったのでした。


しかし、渋々働くことを選んだ、このドラッグストアがきっかけで、私の新たに進むべき道が見えてくるのでした。

と同時に、資格というものが“なんの意味もなさない”ということも理解しはじめるのでした。


続く

「受け入れたくない現実から逃げれば逃げるほど、天!?はさらに厳しい現実を用意する。」 
                                                 唐津
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# by ietaka-karatsu | 2005-10-19 21:08 | 真実が隠れた!?物語

資格という名の呪縛 その二

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薬局勤務時代の私














私は薬剤師の免許を持っています。
その私が、社会人になって最初に心に誓ったこと。それは…


「薬剤師を辞めよう!」ということでした。         ← なんつー親不幸者でしょう(笑)


高校時代に引き続き、大学時代も私は遊びほうけていたのでした。^^Y
大学生最後の4年の夏。
半年後には国家試験が控えている。
遊びまくっていた私も、さすがに「やばいな」と思い始めたんですね。

それで、夏を過ぎてからは、彼女もほったらかして、必死に勉強したんです。
朝から晩まで、勉強、勉強、勉強の毎日。
彼女には泣かれました。(笑)

翌年、彼女をほったらかしたかいあって、見事に薬剤師の免許を取得!

そして、その後、東京のある調剤薬局に就職したんです。
調剤薬局とは、つまりお医者さんに行って見てもらった患者さんが、薬を出してもらう薬局のことです。

当時は、大学生の就職がなかなか決まらなかった時代でした。
そんな中、私は、第一希望の会社にあっさり合格。
就職活動は、なんとその一社のみ。


「薬剤師免許の威力はすげー」なんてニヤニヤしていたんですよ。o^^o


医療に携わる仕事と言えば聞こえはいい。
そして、遊びながらも、一応はたくさん勉強もした。
「よ〜し、人々の健康維持に貢献するぞ!」などと、希望に燃えて勤務初日を迎えたのでした。


ところが…


待っていたのは、私の想像とはかけ離れた世界でした…



薬剤師は女性が多いんです。
私の勤務先も、6人中男子は自分だけ。

女の世界^^

陰で悪口は言いたい放題。
陰険なイジメ。


女だけのイヤ〜な世界をたっぷり味わいました。^^


そして、調剤室は通常とても狭いんです。
狭い空間に人が入り乱れるから、とっても気疲れします。

さらに、その薬局の責任者が、権限を利用して、やりたくない仕事を全部部下に押し付けるおばさん店長。
これが最悪!ストレスで夜も眠れなかった。(泣)


病人の集まる陰気な雰囲気。
ピリピリした、狭い空間。
陰険なイジメに胃の痛む毎日。


とにかく最悪の職場環境でした。



そして、何より仕事内容が苦痛でたまらなかった。

調剤で求められるのは、スピード、スピード、スピード。
とにかく速く薬を用意して、患者に渡すこと。
これ以外にないんです。


患者さんも求めているのは速さのみ。

通常、患者さんは、病院で長い時間待たされ、薬局でも待たされるから、とても機嫌が悪い。
丁寧さなど全く求めていないんですよ。

どの患者も「説明なんかいいから、早く!」ってな感じです。


はっきり言って、学校で勉強してきた薬の知識など、全く役に立ちません!
そして、この調剤という、ただ単に薬を出すと言う仕事は、慣れてしまえば、高校生のアルバイトでも出来る仕事です!

イヤ、大袈裟でなくてマジで…


以下に、調剤薬局の仕事内容を簡単に説明しますね…


① コンピューターに患者の情報、飲む薬の内容を入力する。
② 医者の指示どおり(処方せんの内容通り)薬とその袋を用意。
③ 出した薬に間違いがないかチェック。
④ 患者に薬の説明をして渡す。


たったこれだけ!
ちょー簡単でしょ。
慣れてしまえば、ほんとに誰でも出来る。

この①〜④の作業をいかにすばやくこなすか。
この作業が開店から閉店まで延々と続く。

ほんとに誰でも出来る仕事。
なのに、なぜ薬剤師がやらなくちゃいけないか。

それは、責任上の問題なんですね。
何か間違いが起きたときのために、薬剤師が責任を持って…ということですね。


でも、実は、その責任さえも、ほとんど心配要らないんです。
なぜなら、日本の薬はとっても安全に作られているから。

例えば、軟膏一本、赤ん坊が間違えて飲み込んでしまっても、命に全く別状はないと言われている。
これくらい安全なんですよ、日本の薬は。
つまり、よっぽどのヘマをしない限り、間違いなんて起こりようがないんですね。


「薬剤師って、いったい何のための資格なんだろう…」常々そう思います。^^


慣れれば、高校生でも出来るような仕事。
変化のない単調な作業が朝から9時間。
陰湿な職場環境


はっきり言って、最悪でした。


土日の休みも、月曜からの仕事のことを考えると、もう憂鬱で、憂鬱で…
ぜんぜん休んだ気がしなかった。


薬剤師でいる限り、この仕事が永遠に続くのか…
そう思った私の決断は早かったですよ。


「さっさと辞めよう…」^^


一応“調剤”という仕事を一通り身に付けてからということで、一年後、勢いよくその会社を辞めたのでした。


ところが…


この後、この薬局で働いてたことがとても幸せに感じるくらい、更なる苦労が私を待ち受けているのでした。


続く
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# by ietaka-karatsu | 2005-10-13 01:29 | 真実が隠れた!?物語

資格という名の呪縛 その 一


「資格なんてクソくらい!」
ほんとにそう思う。


自慢にもならないが、私は薬剤師の資格を持っている。
薬剤師。全国で約31万人。


「へー、薬剤師ってそんなにいるんだ。案外簡単に取れる資格なの?」


もちろん、簡単ではないですよ。
それなりに時間もかかるし、勉強しきゃいけない量は膨大です。お金もかなりかかります。

薬剤師になるには、まず大学を卒業しなければなりません。
それも普通の大学ではなくて、薬科大学といって、薬剤師になるための専門の大学を出なければならないんです。
そして、その後に国家試験。これに合格する必要があるんですね。
 
もともと、私は薬剤師になりたいとは微塵も思ってもいなかったんです。

高校時代、私は部活動と遊びにふけっていました。
結果、現役のときは見事に受験に失敗。^^Y

一年間の浪人の末に、5校の大学にやっと合格。
そのうちの一校が日本大学の薬学部だったんですね。
ちなみにその他はすべて理工系の大学。


「別に薬剤師になりたいわけでもないのに、なぜ薬学部を受験したの?」


それはですね、薬学部は入試科目のうちの“化学”をすごく重視するんです。
特に“有機化学”。
試験の5割は“有機化学”が出題されるんです。


「“有機化学”って何?」


そう思うでしょうけど、それは置いておいて、実は“有機化学”ってとても簡単なんです。
一ヶ月くらい勉強すれば、誰でも点数が取れるようになるんです。


それから、日大の薬学部の受験はすべてマークシート方式。
つまり、得意の“有機化学”とマークシート方式を利用して、まぐれで受かることもあるだろう、というのが当時の僕の本音だったんですよ。

そして、見事に合格してしまったんです。

そうしたらですね、親が大喜びしてしまったんですね。
合格した本人よりも何倍も…

高校時代の私の成績は、学年384人中370番くらい。^^
「どこか一つでも引っかかって(受かって)くれれば…」
これが当時の親の本音だったんですね。

そして、当時は受験者の数がものすごかったんです。ベビーブーム世代の受験生だったから。
だから、競争率がめっちゃ高い。今の数十倍。

合格するための偏差値も、どの大学も異常なほど高かった。
日大薬学部は、確か60位だったと思う。

高校時代、成績の悪さで、担任から呼び出しをくらったこともある。
そんな息子がですよ、偏差値60の薬学部に合格したのだから、大喜びするのも無理もない。


「これで将来は安心!」
「老後の面倒は頼むよ!」


そんなセリフを何度となく聞かされた。

まるで薬剤師にさえなれば、高い給料がもらえてお金に苦労することはない、とでも言いたそうに…

こうして親の勧めもあって、日大の薬学部に行くことになった。

当時の学費は、一年間約300万。4年で合計1200万円。

1200万ですよ!
当然、私が払ったわけではないですが、冷静に考えるとすごい金額ですよね。


そして、薬学部は他の大学と違って、実験、レポート、実験、レポートの繰り返し。
遊ぶ暇なんてほとんどない。(それでも私は遊んでましたが…^^)


実に、4年間という貴重な時間と勉強するエネルギー。
そして1200万という高いお金をつぎ込んで、薬剤師の資格を得たのであった。


しかーし、
この薬剤師という資格のおかげで、のちの私は大変苦労することになるのであった…  

続く


         これが、後に大変な苦労を呼び込むことになる、薬剤師免許!!
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# by ietaka-karatsu | 2005-10-05 17:33 | 真実が隠れた!?物語

一部正しい。この世のもののほとんどが…


あるところに、四人の盲目の老人がいました。

その四人の老人が、“象”について、触れた印象をそれぞれ語りました。

老人Aは、象の鼻を触り、「象という生き物は、まるでホースのように細長い生き物だ」と主張しました。
老人Bは、象の耳を触り、「象という生き物は、まるでうちわのような薄っぺらい生き物だ」と言いました。
老人Cは、象の足を触り、「象はまるで柱のようだ」と主張しました。
老人Dは、象のしっぽを触り、「いや、象はホウキのような生き物だ」といいました。

それぞれが主張し合い、言い争っています。


四人の老人の言っていることは、全員とも間違いではないんですね。
正しいんです。

でも、おかしいですよね。

なぜおかしいのか。
すべては、その人の尺度の問題なんですね。

世の中にあふれかえっている情報。
これらの情報も、すべてが間違いではないんです。

ですが…

正しいことも、尺度が変われば、正しくなくなるんです。


例えば、こんな広告をこの間見たのですが…

「ハンバーガーには、人体に有益な栄養素がバランスよく含まれています。
お肉、レタス、たまねぎなどの野菜、パンなどの穀物。
つまり、たんぱく質、ビタミン、炭水化物を一度にバランスよく取れるんです。」

栄養士、○○○さん談。

ちなみに宣伝元は、マクドナルドです。^^

上の文は間違ったことは言っていません。
正しいことを言っています。(小さな尺度では…)

ですが、よく考えてください。
ハンバーガーは、人体に有益ですか?


自分の世の中を見る尺度を大きくしましょうね。^^

次回から本格的に、最高に素敵な人生、意識改革編をお届けします。
では、また。
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# by ietaka-karatsu | 2005-09-30 01:11 | 本質的なお話?

ただいま返りました /(__)\

ご無沙汰しました。^^

みなさま。
私が充電中にたくさんのコメントを、本当にどうもありがとう。

まだ準備期間中ですが、少し時間がつくれるようになってきたし、新しく書きたいことのイメージも湧いてきましたので、本日よりまたブログを再開したいと思います。

といっても、まだまだ余裕たっぷり!とはいかないので、更新は不定期です。
すみません。^^

ニューブログのタイトルは 「最高に素敵な人生、意識改革編」 です。


今回はしょっぱな、ということで、小話をひとつお届けします^^。
では、どうぞ。
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# by ietaka-karatsu | 2005-09-30 00:57

最終回  世界が平和になりますように…

人間の生命活動は、大自然の営みの中で成り立っています。

 「そんな大げさなことは考えずに、その日その日が楽しく過ごせればいいじゃない!」

きっとみんなそう思うでしょう。
でも、最後にみなさんに、病気になる本当の意味を考えてもらいたいんです。 
 
 
もし仮に、“病気に悩まされる”ということがなくなったとしたら、この世の中はどうなると思いますか?

もし、美味しいものを好きなだけ食べても、病気にならないとしたら?

いくら食べても病気にならないのだから、ステーキ、トロ、うなぎ、伊勢海老、かに、フカヒレ、フォアグラ、キャビア、等など、好きなものを好きなだけ食べることが出来ますね。


でも、こういった物は無限にあるわけではないですよね?みんな生き物だし。


もし、世界中の人々が、食欲のおもむくままに、上記の食べ物を好きなだけ食べたとしたら、自然界はめちゃくちゃになっちゃいます。


少ない物を求めて、争いが起きます。
小さな争いが、やがて大きな争いへとつながります。

人間は、食べ物でケンカするんですね。
私も小さいころ、ドーナッツひとつをめぐって、弟と殴り合いのケンカをしたものです。(笑)

極端な例かもしれないですが、“病気”がこの世からなくなってしまえば、大変なことになるんです。

つまり、病気になるということは、自然からの我々へのメッセージなんですね。
病気は、その人の生き方を教えてくれているんです。

病気になったら、そこから何を学ぶか。そして、どう生き方を変えるか、なんですね。



最後に、お釈迦様の言葉を紹介いたします。

「この世に、一人でも肉食の人間がいれば、戦争がなくなることはない」

この意味が理解できるでしょうか?
前回の記事の内容と合わせて考えてみてください。


これで、このブログ、“最高に素敵な人生 健康編”は終わりです。

私は、これから“自分の準備”に入ります。
準備が整ったとき、またブログを始めるかもしれません。
そのときは、また見てやってください。(準備期間は、3年くらいを予定しています。笑)


今まで、たくさんのコメントをを下さったみな様…

みなこさん、さなちんさん、いるかさん、チットさん、suikaさん、平先生、かなさん、エミイさん、きたじまさん、毎挑さん、あんちちさん、いけだまさん、聖カノンさん、片道切符さん、マクドさん、タケさん、corsicaさん、ミスターながぐつさん、富山の社長さん、ゆさん、くろんさん、oyazy44さん、ジャイアンさん、亜吏嘉さん、やまおかさん、多能五輪さん、さっちゃんさん、リオパパさん、これあきくん、ポン太さん…

本当にどうもありがとう。
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# by ietaka-karatsu | 2005-04-26 00:04 | 健康

4/23 自然の原理と人間の営み その③

前回までは、肉食が体に及ぼす影響についてのお話でした。
今回は、肉食について、少し別の角度からのお話をしたいと思います。

みなさんは、お肉を食べるとして、いったいどれくらいの量を食べれば、満足しますか?
たくさん食べる人もいるでしょうし、小さな一切れで満足する人もいるでしょう。


ここでみなさんに、牛一頭でいったいどれくらいの食料になるかを考えてほしんですね。


聞いた話ですが、ある相撲部屋の力士たちは、一頭の牛を食べるのに一日かからないそうです。

では、その一頭の牛を育てるのに、いったいどれくらいの飼料が必要だと思いますか?
牛の食べる食料の量は、人間の数十倍です。
人間は、肉を食べるために、とても非効率的なことをやっているのです。

飼料だけではありません。一頭の牛を育てて、人間の食料とするまでには、たくさんの資源、水、土地、医薬品、人力、運送費用、道路建設、工場建設、車、トラック、その他もろもろの費用がかかります。

その他にも、動物を飼育することは、熱帯雨林の破壊、地球の温暖化、水の汚染、水不足、砂漠化、資源の浪費、そして世界的飢餓を招くと言われています。

1960年以来、中南米の25%の熱帯雨林が、牛の飼育場のために切り崩されています。
たった数百グラムのハンバーガーを作るために、17万平方メートルの森林が破壊されているのです。

アメリカのほぼ半分の量の水が、家畜の飼育に利用されています。
世界の農産物の三分の一が家畜のために利用されているんです。

そして、現在、この地球上では、毎年四千万人近くの人が餓死しているといわれています。
そのほとんどが小さな子供です。

もし、牛を飼育するための飼料や資源を、人間のための食料の生産に使われたとしたら、世界中の、飢餓で苦しむ人がいなくなるといわれているんですね。

大げさに言えば、一部の先進国の人々の食欲を満たすために、多くの人々が犠牲になっているんです。

こういったことは、みな頭では理解していると思います。
ですが、こういった事実を、直接肌で感じることが出来なければ、人間は行動に移せないんですね。

もし、飢えで苦しんでいる子供が、目の前にいれば、誰でも助けると思います。
ですが、感じることが出来ないくらい、遠い世界の話になると、人間は多くのことを忘れてしまうんですね。

多くの人に、意識を広く、高く持ってもらいたい。
常々そう思います。

でも、人間は日々進化しています。
第二次世界大戦中は、戦争が正当化されていました。

いまだに戦争はなくなりませんが、戦争がばかげた行為であることは、今や誰もが思うことです。

そして、これから人間はさらに進化していくでしょう。
進化していく過程で、人々は感じる能力が高まってくると信じています。

そうなったとき、今より素晴らしい世界、すばらしい地球が出来ていることと思います。


次回で、このブログ“最高に素敵な人生 健康編” は最終回となります。
今まで読んできてくれた皆様、どうもありがとう。

最終回をお楽しみに!
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# by ietaka-karatsu | 2005-04-23 02:19 | 健康

4/22 自然の原理と人間の営み その②

前回の記事のような、「肉食を控えた方がいいですよ」という話をすると、必ず言われることがあります。


「肉にも栄養がある。だからバランスよく食べるのが大事」。
耳にたこです。(笑)


像は草しか食べないのに、あんなに大きくなります。
人間の頭の理屈、つまり栄養学的に見れば、とんでもない話です。

草だけですよ。しかも枯れた草!栄養があると思います?たんぱく質は?ビタミンは?
ミネラルは?

けれど、こういう話をすればさらに、「いやそうではない!」という反論が必ずきます。
知識対知識の戦いになります。こうなるときりがありません。

理屈ではなんとても言えるんです。肉食が体にいいとも、悪いとも、何とでも言えます。
ですから、最後は、自分の“感じる心”に従えばいいと思います。

中には、前回紹介した映像を見ても何も感じない人もいるでしょう。
感じても、肉食をやめようとは思わない人もたくさんいるでしょう。

それぞれでいいと思います。やがて、いろいろ感じる時がくるかもしれないですし…

前回の記事は、投げかけです。批判するのが目的ではないんです。
以前は、私も肉を食べていましたから…


大げさかもしれませんが、現在、私は他人の命を救う仕事をしています。

人の命を救おうとする人間が、他の生き物の命をうばってそれを食べる。
こんな矛盾したことはないと、いつからか感じるようになりました。

私が菜食になったのは、そのときからです。
今では、少しでも誤って動物性のものが体に入ると、体調を崩してしまうくらい敏感になりました。


「植物だって生き物。命を奪うことに変わりはない。」

こういう反論もよく受けます。
その通りです。植物も生き物です。
もちろん植物の生命をも大切にするべきです。

人間の営みは、多くの犠牲の上に成り立っています。
そのことを常に意識する必要があります。

後は相対的な問題です。
人間に近い高等動物と、植物の生命。
どちらの命をより大切にするべきかです。

高等な動物は、意識のレベルも高く、感情もあり、痛みや恐怖も感じます。
植物も意識はあるのかもしれませんが、とても低いです。

それに、植物は根まで刈らなければ、また生えてきます。
木の実や果実は、それを食べることで、その植物の繁殖の助けになります。

これも理屈では、何とでも言えます。

最後はやっぱり、自分の感情が判断基準になるんだと思います。
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# by ietaka-karatsu | 2005-04-22 01:44 | 健康